八月の読書日記。好みとしては米澤穂信、恒川光太郎がお気に入り。ミステリ、推理が割と好き。自分から手を出すことは少ないが、推されると弱い。基本的に濫読派。 不定期更新です。キーワードは『宵の徒然』
読みました。
アニメ化決定!!!(俺の中で)
最近ふっと買った本が2冊とも大当たりであまりにもウハウハな私であるが、その中でもこの本はあまりにも秀逸で、店頭に並ぶ数ある文庫本の中からこの本を拾い上げたあの日の自分をめちゃくちゃに褒め称えたい。
帯に寄せられたコメントなんかを鍵に買ったこの本だけど、実際に読み始めようとして、まず著者近影で「ぐえ」っと思った。同い年だ。
まぁ自分だってもういい歳なんだし、同い年どころか年下で売れっ子の作家なんてたくさんいるんだろう。
でも同い年っていうのはやっぱり特別だ。自分と同じ年に生まれた顔も知らない(近影が乗っているわけだが)誰かが、こうして努力の跡を一つの形に結集させたものがここにある。
同い年ってことは、(私は流行り廃りには疎い子供であり、今もそうだが、)同じ流行り物を見て、同じような気候や時勢の中で育っていたんだろう。
確かに、本人の人生に関わる体験や、そこに芽生える感情、同じ流行り物を見て感じたこと、同じ時勢の中にいて汲み取ったもの、それら「記憶」と呼ばれるようなものは異なるに決まっている。しかし、「記憶」の表層に沈み込んでいる「無自覚」とでも呼べるような、根底に流れるものは、もしかしたら、同じかもしれない。
作中で、「記憶」とは氷山に喩えられる。
水面より上に見えているものが、映像や音声、五感といった表層的なもの、水面化にあるものが、それら外界の刺激に対して発生した思考や感情と言ったものだと。
ただ、作中ではこうも言われている。
すなわち、氷山のもっとも深いところに潜んでいるものが「無自覚」だと。
「無自覚」の領域は記憶の氷山の中で最も大きな割合を占めている、「考えてみればわからないこともあれば、考えてみてもわからないくらい意識していないこともある。(略)その記憶を脳に刻み込むまでの『そいつの人生すべて』」(104-105頁)だと作中では評されている。
同い年ということは、もしかしてその「無自覚」に共通した知識や認識が刷り込まれている可能性がかなり高いのではないだろうか?
そんな、同じ流行り物を見て、同じような気候や時勢の中で育っていたんだろう作者の中から、類まれな作品が生まれてくる。これに憧憬を抱かないことはちょっと難しい。
本作は、「記憶の売買ができる『店』」を主軸に、平凡な主人公、自信に溢れた悪友、謎めいた可愛いヒロインで構成される、ミステリ作品だ。
「ミステリ作品だ。」?
確かに私はこれをミステリだと思ったから買ったのだけれど、これは多分、そういうふうにジャンルで語られるのがあまりにも勿体無い作品であろう。
これは、ミステリであり、また、青春小説なのだった。
本書の大まかなあらすじとしては、
平凡な主人公は何か「特別」になりたくて、でも自分は「特別」じゃないことを知っている。
ある日、妙に自信に溢れたクラスメートに声をかけられる。主人公は彼をうっとおしく思っていたが、よく連むようになった二人は、ひょんなことからの存在を知る。
妙に自信に溢れていて、目の付け所が人と異なる彼に巻き込まれるようにして、主人公と悪友は記憶を売買する『店』の営業マンとして、二人組で活動する。
人の「記憶」を売買する『店』に携わるものとして自分は「特別」だと感じる主人公。
そんな折、渋谷の路上で「神出鬼没」で「どこの事務所にも属さない」でも「熱狂的な人気」を持つ「流浪の歌姫」を見かける。曰く、彼女は「ある人」を探して日本全国を歌いながら彷徨っているらしい。
悪友は主人公に言う。「『店』は確かに特別だが、結局は世のサラリーマンと一緒だ。ここはいっちょ、『店』に集まる「記憶」を頼りに、歌姫の探し人を見つけて見ようじゃあないか」ーー
本書の構成としては、如何なミステリにも負けないくらい、緻密に作られている。
全く過不足のない、収まるところに収斂していく伏線。
きちんと読者に提示されている条件。
終盤に明かされる、特殊設定を活かしたトリック。
私は「特殊設定ミステリ」というのがあまりにも好きで、その根底にあるのが「逆転裁判」なのは疑うまでもないんだけど、本書は特殊設定ミステリが必ず必要になる、設定の説明を全然苦にならない形で行っていたことに後で気がつく。
本書はミステリの体裁、ミステリの文脈で、これ以上ないほど綺麗に「誰が、どうやって、どうして、何をしたから、この状況が生まれた」という謎を解き明かしていくのだが、一方であまりにも色鮮やかに主人公の身の回りの情景を描き出しているため、設定の説明が全く苦にならない。
(まぁ特殊設定ミステリ好きな人が、説明を読むことを苦にするなんてないんだろうけど)
それに、特殊設定の主眼である『店』のことを知ることは、主人公と共に、自分は「特別」なんだと感じることでもある。これが楽しくないわけがない。
解説があまりにも秀逸で、私が今更いうことなんてないので、一節をお借りしよう。
—————
彼らの悩みは普遍的であると同時に、現代的でもある。今はSNSを覗くと(引用者注・そういえばヒロインも既存のメディアではなく、SNSや動画投稿サイトによって人気を博している歌姫となっている)、すごい人がごまんといる。「町一番の○○」として胸を張っていられる時代ではない。自分の凡庸さを日々突きつけられる。自分が特別な存在だと無邪気に信じられる人は、ほとんどいない。だからこそ読者は、青年たちの悩みが身につまされる。あるいは懐かしい思いを抱く。若き日の古傷に手を当てながら青年を見守り、並走することとなる。(531-532)
—————
私も、主人公を通して、自信に溢れる悪友をちょっと苦々しく思ったりもするし、登場人物と心を交わしあったりする。自分は「特別」なんだと感じたり、凡庸さを突きつけられ、苦しくなったりする。
主人公と共に感じる、自分は特別なんだという「愉悦」や、「無力感」「怒り」そして「達成感」。もしかしたら話の主題とは違う、枝葉のようなドラマかもしれない。しかし、主人公を形作る、のちに「記憶」を呼ばれるようになるその体験を私は共にする。
だからこそ、最後のトリックが明かされた後も、私は主人公と共にあれる。並走することができる……
ちょっと横道にそれすぎた。特殊設定の説明が鮮やかなことはいい。本書はそういう類の「青春小説」だった!!
きっとこの小説は時が来たらコミカライズもされ、アニメ化もされるだろう。
主人公の約束は果たされるはずだ。そうあってくれ。
読了してみると、最初の悪友の登場シーンがすごく気になる。
彼はあのタイミングで、何をどこまで知っていたことになるのだろう。
普通に考えれば、「何も」だ。「何も知らずに」、ああして主人公に声をかけた。
それって、やっぱり根底に流れる「無自覚」のところで、主人公と悪友は友人だったっていうことなんだろうか。
本稿の引用は全て新潮文庫版(令和3年)によるものです
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アニメ化決定!!!(俺の中で)
最近ふっと買った本が2冊とも大当たりであまりにもウハウハな私であるが、その中でもこの本はあまりにも秀逸で、店頭に並ぶ数ある文庫本の中からこの本を拾い上げたあの日の自分をめちゃくちゃに褒め称えたい。
帯に寄せられたコメントなんかを鍵に買ったこの本だけど、実際に読み始めようとして、まず著者近影で「ぐえ」っと思った。同い年だ。
まぁ自分だってもういい歳なんだし、同い年どころか年下で売れっ子の作家なんてたくさんいるんだろう。
でも同い年っていうのはやっぱり特別だ。自分と同じ年に生まれた顔も知らない(近影が乗っているわけだが)誰かが、こうして努力の跡を一つの形に結集させたものがここにある。
同い年ってことは、(私は流行り廃りには疎い子供であり、今もそうだが、)同じ流行り物を見て、同じような気候や時勢の中で育っていたんだろう。
確かに、本人の人生に関わる体験や、そこに芽生える感情、同じ流行り物を見て感じたこと、同じ時勢の中にいて汲み取ったもの、それら「記憶」と呼ばれるようなものは異なるに決まっている。しかし、「記憶」の表層に沈み込んでいる「無自覚」とでも呼べるような、根底に流れるものは、もしかしたら、同じかもしれない。
作中で、「記憶」とは氷山に喩えられる。
水面より上に見えているものが、映像や音声、五感といった表層的なもの、水面化にあるものが、それら外界の刺激に対して発生した思考や感情と言ったものだと。
ただ、作中ではこうも言われている。
すなわち、氷山のもっとも深いところに潜んでいるものが「無自覚」だと。
「無自覚」の領域は記憶の氷山の中で最も大きな割合を占めている、「考えてみればわからないこともあれば、考えてみてもわからないくらい意識していないこともある。(略)その記憶を脳に刻み込むまでの『そいつの人生すべて』」(104-105頁)だと作中では評されている。
同い年ということは、もしかしてその「無自覚」に共通した知識や認識が刷り込まれている可能性がかなり高いのではないだろうか?
そんな、同じ流行り物を見て、同じような気候や時勢の中で育っていたんだろう作者の中から、類まれな作品が生まれてくる。これに憧憬を抱かないことはちょっと難しい。
本作は、「記憶の売買ができる『店』」を主軸に、平凡な主人公、自信に溢れた悪友、謎めいた可愛いヒロインで構成される、ミステリ作品だ。
「ミステリ作品だ。」?
確かに私はこれをミステリだと思ったから買ったのだけれど、これは多分、そういうふうにジャンルで語られるのがあまりにも勿体無い作品であろう。
これは、ミステリであり、また、青春小説なのだった。
本書の大まかなあらすじとしては、
平凡な主人公は何か「特別」になりたくて、でも自分は「特別」じゃないことを知っている。
ある日、妙に自信に溢れたクラスメートに声をかけられる。主人公は彼をうっとおしく思っていたが、よく連むようになった二人は、ひょんなことからの存在を知る。
妙に自信に溢れていて、目の付け所が人と異なる彼に巻き込まれるようにして、主人公と悪友は記憶を売買する『店』の営業マンとして、二人組で活動する。
人の「記憶」を売買する『店』に携わるものとして自分は「特別」だと感じる主人公。
そんな折、渋谷の路上で「神出鬼没」で「どこの事務所にも属さない」でも「熱狂的な人気」を持つ「流浪の歌姫」を見かける。曰く、彼女は「ある人」を探して日本全国を歌いながら彷徨っているらしい。
悪友は主人公に言う。「『店』は確かに特別だが、結局は世のサラリーマンと一緒だ。ここはいっちょ、『店』に集まる「記憶」を頼りに、歌姫の探し人を見つけて見ようじゃあないか」ーー
本書の構成としては、如何なミステリにも負けないくらい、緻密に作られている。
全く過不足のない、収まるところに収斂していく伏線。
きちんと読者に提示されている条件。
終盤に明かされる、特殊設定を活かしたトリック。
私は「特殊設定ミステリ」というのがあまりにも好きで、その根底にあるのが「逆転裁判」なのは疑うまでもないんだけど、本書は特殊設定ミステリが必ず必要になる、設定の説明を全然苦にならない形で行っていたことに後で気がつく。
本書はミステリの体裁、ミステリの文脈で、これ以上ないほど綺麗に「誰が、どうやって、どうして、何をしたから、この状況が生まれた」という謎を解き明かしていくのだが、一方であまりにも色鮮やかに主人公の身の回りの情景を描き出しているため、設定の説明が全く苦にならない。
(まぁ特殊設定ミステリ好きな人が、説明を読むことを苦にするなんてないんだろうけど)
それに、特殊設定の主眼である『店』のことを知ることは、主人公と共に、自分は「特別」なんだと感じることでもある。これが楽しくないわけがない。
解説があまりにも秀逸で、私が今更いうことなんてないので、一節をお借りしよう。
—————
彼らの悩みは普遍的であると同時に、現代的でもある。今はSNSを覗くと(引用者注・そういえばヒロインも既存のメディアではなく、SNSや動画投稿サイトによって人気を博している歌姫となっている)、すごい人がごまんといる。「町一番の○○」として胸を張っていられる時代ではない。自分の凡庸さを日々突きつけられる。自分が特別な存在だと無邪気に信じられる人は、ほとんどいない。だからこそ読者は、青年たちの悩みが身につまされる。あるいは懐かしい思いを抱く。若き日の古傷に手を当てながら青年を見守り、並走することとなる。(531-532)
—————
私も、主人公を通して、自信に溢れる悪友をちょっと苦々しく思ったりもするし、登場人物と心を交わしあったりする。自分は「特別」なんだと感じたり、凡庸さを突きつけられ、苦しくなったりする。
主人公と共に感じる、自分は特別なんだという「愉悦」や、「無力感」「怒り」そして「達成感」。もしかしたら話の主題とは違う、枝葉のようなドラマかもしれない。しかし、主人公を形作る、のちに「記憶」を呼ばれるようになるその体験を私は共にする。
だからこそ、最後のトリックが明かされた後も、私は主人公と共にあれる。並走することができる……
ちょっと横道にそれすぎた。特殊設定の説明が鮮やかなことはいい。本書はそういう類の「青春小説」だった!!
きっとこの小説は時が来たらコミカライズもされ、アニメ化もされるだろう。
主人公の約束は果たされるはずだ。そうあってくれ。
読了してみると、最初の悪友の登場シーンがすごく気になる。
彼はあのタイミングで、何をどこまで知っていたことになるのだろう。
普通に考えれば、「何も」だ。「何も知らずに」、ああして主人公に声をかけた。
それって、やっぱり根底に流れる「無自覚」のところで、主人公と悪友は友人だったっていうことなんだろうか。
本稿の引用は全て新潮文庫版(令和3年)によるものです
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